「民謡は庶民生活を余すことなく歌い上げている。世帯の貧富から仕事の内容、気候風土からあらゆる人間関係の機敏にいたるまで時代の特色がよくわかる。また、仕事から食事、盆、祭り、正月と季節の移り変わりと生活内容を克明に歌いあげている。」
(園尾正夫、『阿波の民謡』徳島新聞、昭和62年10月2日掲載)
かつて生活のあらゆる場面で歌われた民謡は、四季折々の人々の生活の知恵、自然とのつながり、祈り、恋愛にいたるまで、地域社会の諸相を映し出す鏡であったといえよう。しかしながら今日、若い世代の多くにとって、民謡は決してなじみ深いものではない。民謡は、あるいは民謡が鮮やかに映し出してきた地域社会の生活文化の多くは、忘却の彼方に去りつつある。
そのようななか民謡の伝承と創造をテーマにした映像作品『めばえる歌-民謡の伝承と創造-』を制作した。本作では、民謡の伝承活動に携わる歌手に着目する。地域社会の外部からやってきた若い歌い手たちが、地域の伝承歌を単に歌い継ぐだけではなく、自らのやりかたで咀嚼し、歌に新たな生命を与えていく。
本作では、わらべ歌の採集と伝承活動を行う井上博斗氏、そして世界各地を旅するなかで、伝承歌を独自のアレンジで再創造する松田美緒氏に着目する。
井上氏による岐阜県の郡上八幡や揖斐川流域を対象にした『わらべうたの会』の活動、そして松田氏による徳島県三好市祖谷での民謡の歌唱活動と人々との交流を描く。これらの若い歌手が、人々から歌を採集、記録する過程から、地域社会の古老から子どもとの出会いを通して、それぞれのやりかたで当該地域において、あるいは新たな脈絡において民謡を新たに創造する過程をとらえる。