この映像番組は、大阪市浪速区の被差別部落に活動の拠点をおく太鼓集団「怒」のドキュメンタリーである。同地区は、300年以上の太鼓つくりの伝統をもつが、太鼓職人たちは皮革業に対する不浄観などから差別や偏見に晒される時期が長く続いた。「怒」は、あらゆる差別をなくすことをスローガンにして活動を続けている太鼓集団であるが、彼らの活動は、最初から差別の経験と直線的に結びついていたわけではない。番組では、メンバーたちが、個人的な楽しみで始めた太鼓演奏が、地元の支援を受けるにつれて、その支援の背景となっている差別の歴史を理解するようになり、太鼓演奏のなかに人権啓発の手段としての可能性を見出していくプロセスが描かれる。また、グループの活動に対するメンバーの意識や関わり方は一様ではなく、彼らが活動の拠点としている部落解放同盟浪速支部の運動形態・実践とも、一定の距離を置いている点が示される。
ワシントン大学で民族音楽学を学んだあと、1996年に国立民族学博物館に着任。インド、フィリピン、日本などを調査地として、マイノリティ集団の音楽文化に関する映像番組の制作に関わりながら、音楽研究における映像音響メディアの可能性を検討している。編著にMusic and Society in South Asia: Perspectives from Japan(2008)。制作番組に『大阪のエイサー―思いの交わる場』(2003)『祝いの音、勝利の記憶-フィリピン・ルソン島山地民の結婚式』(2014)など。